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本楽家 ( ほんがくか ) 通信

本にまつわるあれこれを楽しむ、日本本楽家協会の活動報告です。

読書の履歴を振り返る

読書・読書法



 ノートなんかに読書日記をつけている人はどれくらいいるのだろうか?
 私がYahoo!ブログでファン登録している人の中にはブログ上で読書日記を書いている方がいるが、でもそれとは別にノートに記している人っているのだろうか?
 そもそもブログの場合は他人に見せることが前提だけれど、ノートの場合は自分だけの秘密、という感じがするので、自ずと書くことも変わってきそうな気がする。

 約10年前に私は「本の記録」を付けていた。つけ始めてから就職するまでの3年間という短い期間だったけれど終わりのときは妙な達成感があった。
 なんで「本の記録」なのかといえば、もし書いた感想を他人に見られでもしたら恥ずかしい、という単純に自意識過剰だったからというのと、そもそも感想なんて書こうとすると、なんかカッコいいこと書かなくてはなんて変な気持ちがはたらき、結局書けなくなるに違いないと思ったから。

 それで「本の記録」として次のような緩い規則でもって始めた。
1. 書くことの一つ目はその日に買った本とその値段
2. 書くことの二つ目はその日に読んだ本とそのページ
3. 本を買った時のレシートや本に挟まっているチラシ類は貼っておく。

 その「本の記録」を実家でたまたま見つけたが、これがそれなりに楽しめた。
 一応ルールは上記の3つだけのはずだったけれど、今それを見返すとたまにその日の出来事や本の感想などもポツポツ入っていた。
 そしてそれがまた今の自分から見るとまさにツッコミしたくなるものばかりで、可笑しいやら恥ずかしいやら...。

 さてその「傑作」(?)の一部。
 2/11
種の起原」P154〜P221
 読みにくくなってきた。
 卒論のことで頭がいっぱい。(2/21発表!)
 以上のことから何が書いてあるのかサッパリわからない。


 何で読みにくくなってきたんだろう?
 卒論のことで頭いっぱいなら読まなくても...(卒論とは関係ないはずだし)。
 そもそもこんなところで言い訳するな!とう感じでしょうか。
 
 しかもちなみに次の日、文庫を買って読んでいるし「種の起原」も懲りずに読んでいる。
 これは典型的な現実逃避パターン。

 でも今もかわらないなぁ。
 ちなみに「種の起原」は後のページを見る限り無事読み終えたようであるが、実はこれを見るまで読んだことすら忘れていた。

 やっぱり卒論のせいにしておこう。

 さて現在、10月からこの「本の記録」を再開した。
 もちろん上のような恥ずかしいツッコミを何年後かの自分から受けるは嫌なので、再開した「本の記録」には「思ったこと」は書かないようにした。

 でもこんな記録でも読み返すと「この時期はあの著者に夢中だったんだ。」とか「この期間はまったく読んでいないけど、アレが原因だったのかなぁ」とか、「もう一度この本読んでみるか」なんてことを思ったりして楽しいものでした。

 さあ何十年後かの自分は今書いている「本の記録」で何を思うのか、ちょっと楽しみでもあります。