村上征勝「真贋の科学-計量文献学入門-」朝倉書店
1994年の出版なので内容はかなり古いと思われる。
しかし「入門」だからよいかな。
これまで、ある文献の真贋を調べる場合には、その文献に使われている紙やインク、また筆跡による判定が行われる。
しかし元の文献がこの世に存在しない場合、例えば人づてに書き継がれてきたものの場合には上記のような方法では調べることが出来ない。
またワープロ、パソコンなどで原稿を書くことが多くなってくる(つまり内容がデジタル化してくる)と、その真贋の判定は非常に困難となってくる。
つまりハード(元原稿)とソフト(内容)が一体となっている場合には従来の判定方法でも通用するが、ソフトだけが存在している場合には従来方法では判定出来ない。
ここで計量文献学が出てくる。
つまり、ソフト(文章内容)の情報だけで、定量的に真贋を判定しようというもの。
文章内容から真贋を判定するには、大きく二つの方法が考えられる。
1. より具体的な内容に踏み込んで、よく使われる単語などから判定する方法。
2. 無意識に行われうる文章の長さや読点の位置、つまりクセから判定する方法。
1.は論ずるテーマによって自ずと代わってくるため、この本ではうまく判定出来ないとしている。
それよりも2.による方法で文献が作者別に分類できる例を挙げている。
その例で一番面白かったのは、井上靖(3作品)、中島敦(4作品)、林不忘(2作品)、牧逸馬(2作品)、谷譲次(3作品)を読点の位置による判定方法で分類した例である。
結果は、井上靖のグループ、中島敦のグループ、林、牧、谷のグループの3つに分類された。
実は最後の3人は長谷川海太郎、一人が使い分けていたペンネームであった。
清水義範のパスティーシュ文学はどう判定されるのだろうか?
やってみたら面白そうだ。
しかしこうした計量文献学による判定方法が、例えばDNA鑑定で犯人を特定出来る程の精度にまでなるとは思えない。
作品が小説であればある程、意図的に読点を変えたりする場合が多そうだからである。
だが重要な判定材料としては使えることにかわりはない。
文献のデジタル化が進んでいる今日、計量文献学はとても面白い分野の一つといえる。
最先端の研究がどこまで進歩しているのか興味のあるところである。