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本楽家 ( ほんがくか ) 通信

本にまつわるあれこれを楽しむ、日本本楽家協会の活動報告です。

本のデジタルデータ化で書籍はどうなる? -東京国際ブックフェア報告 2/2-

 東京国際ブックフェアで密かに注目していたことの一つに、デジタルパブリッシング、e-Book(電子書籍)といった、本のデジタルデータ化がありました。
 印象としては、当たり前ですが2年前にくらべてかなり盛り上がってきている(技術的に進んできている)というものでした。
 例えばSONYLIBRIE(リブリエ)はリーダのひとつです。これは縦横が新書ぐらいで「薄さ」が約13mmという大きさの電子機器ですが、この中には最大約500冊分(外部メモリも使用時)のデータが入ります。もちろん情報量の増加だけでなく、表示画面を実際の書籍に近づけた色合いにするなど、様々な工夫を凝らして書籍の代わりを果たそうとしています。
 またボイジャーという会社はT-TimeというPC用ソフトウエアを販売しており、それを使えば様々な携帯電話やiPod、デジカメ、PSP等の液晶デバイスで電子出版された本が読めます。
 こういったものがどんどん身近なものになれば、いつでも、どこでも、好きな本を手軽に読むことが出来て私のような本好きには大歓迎!!

 しかし、いわゆる「書籍」はこれからどうなるの?という疑問もまた生まれました。

 デジタルデータ化で思い浮かべたのは音楽媒体。ほんの(?)20年前はレコード、カセットが当たり前だったのが、今やCD,MDさえ押さえ込んで、シリコン媒体が台頭してきています。私の場合はiPodで音楽を聴くのが当たり前になってしまいました。MD時代は約1年ほどで終わってどこかにしまいこみ、そもそもCDもMacにデータを入れた後はほとんど取り出しません。
 本も音楽と同じように、パソコンのHDにデジタルデータとして保存し、読みたいものだけをリーダに入れて持ち歩く。そして書籍はほとんど取り出されることなく、本棚も必要なくなる...。
 でもそう簡単にはならないと思います。その理由は大きく三つあります。
 一つ目は書籍は媒体であり、かつ表示装置そのものだからです。音楽媒体はそれ自身では音楽が聴けないですが、書籍は買ってそのまますぐ読める。考えようによっては非常にささいなことかもしれませんが、それだけに結構大きなポイントと思っています。
 例えば書籍ならば、
 1. 鞄から読みたい本を取り出して
2. しおりのあるページを開く
でよいところをリーダで読む場合は
1. 鞄からリーダを取り出して
2. スイッチを入れて
3. 読みたい本を探して
4. 読みたいページを開く
となり手間がかかります。もっともスイッチを入れるとすぐに読みたいページが出てくるようにはなる(もしくはもうなっている)とは思いますが。でも電池が切れていたら...。

 二つ目の理由は、書籍との一体感が感じられるから。そして三つ目は単純ですが書籍でなくては「読めない」から。これらの理由はもう私的な感覚そのものかもしれません。
 私は実際にiPodや携帯電話に入れて「読んで」みました。が、すぐに止めてしまいました。画面が小さい等の理由から非常に読みにくかったです。でもそれだけではありませんでした。どうも書いてあることが伝わってこないような気がしたのです。
 その原因は一つ目の理由と似ています。別の装置を使って内容を読んでいるからです。そもそも読むというよりは眺めている、といった感覚の方が近いかもしれません。本を読むという行為は能動的な行為ですが、どうも受動的な行為になってきてしまうのです。
 リーダを使っている人でそのような感覚になった人はいませんか?たんに私が人一倍、書籍に対して思い入れが強いだけ?

 だらだら書きましたが、以上のような極私的体験などからすると、どんなにデジタルデータ化が進んでも、書籍はずっと残り続けるのかなと思いました。

 最後に。
 (確か)トッパンが「製本マイスターによる実演」として製本過程を解説付きで実演していました。とても興味を持って見学しましたが、そのすぐ裏でデジタルパブリッシングフェアが行われていました。そのことが「もう書籍は古いんだ!これからはデジタルだ!」と言っているようで何か寂しい思いにとらわれました。